ヒナタノオトゆかりの作家からの寄稿文

「父のコロッケ」松塚裕子さんー寄稿集 父の手料理ー
「父のコロッケ」なんか食べたいものあるか?実家に帰る機会がある度に父が必ず聞くその言葉に、私はいったい何度「コロッケ」と答えたことだろう。父の作るコロッケは、俵型のおむすびみたいな形。黄金色したサクサクの衣の中には、ひき肉とたまねぎのうまみ...

「固まらなかったゼリー」 佐藤かれんさんー寄稿集 父の手料理ー
「固まらなかったゼリー」 わたしの父は料理に向かない性格です。お湯を沸かそうとすると、途中で他のことに気が向いてしまいます。そのまま火を止めるのを忘れるので、カップラーメンでさえまともに作れるのかしら?と心配になるほどです。もちろん包丁を握...

「日曜日の納豆」水村真由子さん ー寄稿集 父の手料理ー
「日曜日の納豆」日曜日の朝になると、父が台所に立つ。それは週に一度だけの、父の「料理」と呼べる時間だった。普段は包丁を握らない父が、このときだけは真剣な表情で、水屋から大きな鉢を取り出す。中には四人家族分の納豆と、醤油、たっぷりの刻み葱が入...

「味の薄い味噌汁」大谷桃子さん ー寄稿集 父の手料理ー
「味の薄い味噌汁」今年で84歳になる父。時代背景もあり、台所で料理をする機会が訪れるのは早くはなかった。母と結婚して焼き物作りをするために信楽に移住すると、仕事の性質上(自宅兼工房で共同作業で器を作っていた)、掃除洗濯など家事を分担すること...

夜間飛行
とろんとした黄昏がなみなみと注がれた杯に、菫、青、灰色が入り混じりはじめするすると夜の帳が下ろされてゆくのを、ぽうと眺めていた。最後のレモン花と薔薇の香りを色濃く漂わせる夜の淵に腰掛けて、湯を沸かし、グリーンルイボスの茶を淹れる。ルイボスの...

庭の体力
ありがとう、おめでとう、感謝の気持ち、悲しい気持ち。言葉にならない気持ちを誰かに手渡す時、花束にすることが多いものです。高校生の頃、誕生日に親しい友人たちから送られた小さな花束。可憐で、野性味があって、庭で摘んで束ねてくれたような見たことの...

土の顔
小さい頃に度々、知らないおじさんが家に来ていた。そのおじさんはいつも声が大きくて僕は少し怖かった。鍵の掛かっていない玄関の引き戸をがらがらっと勢いよく開けて「おーい、まーちゃんいるかー」と家中に響く声で叫ぶのだ。大抵は母が応接していて、裏の...

恋する紙宝石
2年ぶりのヒナタノオトさんの個展です。2年前、「青の王国」のあとにすぐ2年後の個展のお話をいただき、そのときから「恋」をテーマにしようと構想を練ってきました。「恋」なんぞ遠いもの、忘れかけていたもの、懐かしいもの。そんなふうに思っていました...

父とダンス
夢をみた。学校の校庭のどまんなかで、父はオフィスチェアに座っている。よく身につけていた綿の水色のパジャマを着て、茶色の模様が入ったウールのガウンを羽織っている。50歳くらいの時の父の姿をしていた。長身細身でなかなかイケメンだったので、パジャ...

わたしのともだち
明けない夜はない。止まない雨はない。使い古されて鮮度も落ち、ありきたりで色気のないこの言葉を、この2年近くなんどもなんどもの口の中でもごもごとつぶやいていた。そういえば中学生の時の同級生は、同じような意味をもって「不景気のあとは好景気が必ず...

温泉と水源
水が湧き出している場所が好きだ。目には見えずとも土の中を脈々と流れ続け僅かなきっかけで目の前に現れたそれに想いを馳せるのが好きだ。いつに降った雨かも知れず、どこの山から来たのかも分からない。渾々と、粛々と、どこにも威張る仕草もないまま湧いて...

空気をたべる人
先日、息子の通う放課後ディサービスで面談があった。そこで担当のS氏は、息子のことを「空気をたべる人」と言った。空気を食べ、消化し、表現する人。感受性が豊かな息子にくれた言葉だった。空気を食べるのだから、なるべくあたたかな、おだやかな、美味し...