「日曜日の納豆」
日曜日の朝になると、父が台所に立つ。
それは週に一度だけの、父の「料理」と呼べる時間だった。
普段は包丁を握らない父が、このときだけは真剣な表情で、水屋から大きな鉢を取り出す。
中には四人家族分の納豆と、醤油、たっぷりの刻み葱が入れられる。
納豆についてくるタレを入れないのが父のつくる納豆。
子どもながらにタレを入れた方が、甘くて食べやすいのになぁと思いながら、ねばねばの納豆をホカホカのご飯にのせて頬張っていた。
関西育ちのわが家では、当時納豆を食べること自体が珍しかったのかもしれない。
けれど、この日曜の儀式のおかげなのか、今では納豆はわたしの好きな食べ物のひとつになり、納豆へらという道具まで作ることになった。
父は納豆を力強く混ぜながら、時折「身体にええからな」と呟いていた。
ぐるぐると箸を回すと、次第にふわふわと泡立つ納豆。
わたしはただそのようすを眺めながら、子どもながらに、「お父さんは納豆が好きなんやなぁ」と思い込んでいた。
大人になって母とその話になり、葱だらけで醤油の味しかしない父の納豆がちょっと苦手だったことをわたしが言うと、母が何気なく言った。
「お父さん、もともと納豆あかんかったんやけど、子どもの身体にいいと思ってな、頑張って食べてたみたいやわ」。
その一言で、子どもだったわたしの記憶が少し違った色に変わった。
日曜日の朝、黙々と納豆を混ぜていた父は、自分の好みよりも、私たちの健康を優先してくれていたことに気づいた。
最近では、父が納豆を食べている姿をほとんど見かけることはなくなった。
歳を重ね、子どもたちも成長した今、苦手なものをそこまで頑張って食べる理由がなくなったのだろう。
でも、あの頃の納豆の味は、今でも私の中にしっかり残っている。
シンプルに調味されただけの少し粘り気のある、父の不器用な思いやりの味がする。
日曜の朝に納豆を混ぜる父の背中は、料理人ではなかったかもしれない。
でも、あれは確かに父なりの「愛情の料理」だったのだと思う。