寄稿帖

ヒナタノオトゆかりの作家からの寄稿文

長野麻紀子

夜間飛行

とろんとした黄昏がなみなみと注がれた杯に、菫、青、灰色が入り混じりはじめ するすると夜の帳が下ろされてゆくのを、ぽうと眺めていた。 最後のレモン花と薔薇の香りを色濃く漂わせる夜の淵に腰掛けて、 湯を沸かし、グリーンルイボスの茶を淹れる。 ル...
大野八生

庭の体力

ありがとう、おめでとう、感謝の気持ち、悲しい気持ち。 言葉にならない気持ちを誰かに手渡す時、花束にすることが多いものです。 高校生の頃、誕生日に親しい友人たちから送られた小さな花束。 可憐で、野性味があって、庭で摘んで束ねてくれたような見た...
クロヌマタカトシ

土の顔

小さい頃に度々、知らないおじさんが家に来ていた。 そのおじさんはいつも声が大きくて僕は少し怖かった。 鍵の掛かっていない玄関の引き戸をがらがらっと勢いよく開けて 「おーい、まーちゃんいるかー」と家中に響く声で叫ぶのだ。 大抵は母が応接してい...
にしむらあきこ

恋する紙宝石

2年ぶりのヒナタノオトさんの個展です。 2年前、「青の王国」のあとにすぐ2年後の個展のお話をいただき、そのときから「恋」をテーマにしようと構想を練ってきました。 「恋」なんぞ遠いもの、忘れかけていたもの、懐かしいもの。 そんなふうに思ってい...
にしむらあきこ

父とダンス

夢をみた。 学校の校庭のどまんなかで、父はオフィスチェアに座っている。 よく身につけていた綿の水色のパジャマを着て、茶色の模様が入ったウールのガウンを羽織っている。 50歳くらいの時の父の姿をしていた。 長身細身でなかなかイケメンだったので...
にしむらあきこ

わたしのともだち

明けない夜はない。 止まない雨はない。 使い古されて鮮度も落ち、ありきたりで色気のないこの言葉を、この2年近くなんどもなんどもの口の中でもごもごとつぶやいていた。 そういえば中学生の時の同級生は、同じような意味をもって「不景気のあとは好景気...
クロヌマタカトシ

温泉と水源

水が湧き出している場所が好きだ。 目には見えずとも土の中を脈々と流れ続け 僅かなきっかけで目の前に現れたそれに想いを馳せるのが好きだ。 いつに降った雨かも知れず、どこの山から来たのかも分からない。 渾々と、粛々と、どこにも威張る仕草もないま...
にしむらあきこ

空気をたべる人

先日、息子の通う放課後ディサービスで面談があった。 そこで担当のS氏は、息子のことを「空気をたべる人」と言った。 空気を食べ、消化し、表現する人。 感受性が豊かな息子にくれた言葉だった。 空気を食べるのだから、なるべくあたたかな、おだやかな...
稲垣尚友

トカラ列島 平島語大辞典 抄

【あじろ】(網代) カツオ節を作るときの道具。 木製の箱で、深さが十センチ前後、縦が一メートル弱、横幅が五十~六十センチある。 底に竹が張ってある。 幅二~三センチに割いた竹が、やはり、二~三センチ間隔で縦長に釘付けしてある。 梁から吊した...
富井貴志

We Are Atoms その後 – 2022年7月

昨年4月に「自由学園明日館 婦人之友社展示室」での個展の直前に、We Are Atoms と名付けた彫刻刀で彫模様を施した仕事について、こちらで書かせていただきました。 当時のほとんどの仕事は私が研究室にいた頃に経験したような、単一の物質で...
富井貴志

新しい時計

また来た。 じわーっと身体の芯から暖かくなるような感覚。 これまでものづくりをしていて一度も感じたことはなかったのに。 ————- 昨年の11月終わり頃から制作中にだけ頻繁に訪れる表現しづらい幸福感。 数ものでも一点ものでも関係なく、毎日一...
にしむらあきこ

うたうたい

おちばがいっぱい わさわさわあさ ふんであるくよ がさがさがあさ がっこういきましょ ごきげんさん (おちばのうた) 通学路にどっさりと降る落ち葉の海を、息子と楽しんでいるときに作った歌である。 とにかくご機嫌良く、さっさと学校にいってほし...