富井貴志さんの仕事 2025

富井貴志さんの個展を二年ぶりに開きました。

複雑にして明解
明解にして複雑

豊かな自然の中で育った感性と、物理の研究徒として磨いた知性が、雪深い故郷新潟に戻って木工を深める日々の中で熟成されたもの。
巡る季節のリズムが、川や山の形と共鳴していることや、顕微鏡の向こうに見る微生物の容子からの気づき。
すべての意味ある複雑なものが、自然の中ではすべて理にかなった無駄のない姿になっていること。

あたらめて、富井さんの器に惹かれるわけを再確認できた個展でした。

富井さんとの出会いは17年前。
2008年の「工房からの風」に出展くださったとき、背負っていらした赤ちゃんは高校三年生になりました。

子どもの成長は目に見えて変化がありますが、創り出された工藝品には、どんな変化があったのでしょうか。

こちらの花形小皿は17年前から作り続けられているもの。
木の厚みと彫りの表情が、当初から秀逸でした。
オイル、漆、色漆と折々、さまざまに制作されてきました。
初期の作品に、すでに富井さんならではのフォルムが感じられますね。
菓子器、箸休めなど。
海外の方への贈り物にも喜ばれました。

どこかスッカラの趣もある匙。
こちらも初期から基本のフォルムが完成されていて、作り続けながら進化してきたもの。

栗の木をもちいた蜜蝋仕上げのプレート。
ふちの表情(厚みや幅)いろいろ。
このシリーズは、使うほどに表情が育っていきます。
展示時がベストではなく、使うほどに日々ベストになっていく器。

自然(素材)の美と、作り手の技に、使い手が使うほどに生まれる表情、美。
美しさを生み出す喜びを、私たちに委ねてくれる器です。
まだ体験されていない方、ぜひ体験してほしいです、美を育てる歓び。

ちなみに、こちらも同種ですが、このフリーハンドのフォルムもとてもいい。
フリーハンドに作家の美の感覚(センス)がよく表れますが、
「ほっこりあたたかでありながら、すっきり」という富井さんならではのフォルムを味わえます。
我が家では、このシリーズをパン皿に愛用中。

初期から中期のタイミングで登場したリム皿。
このリム皿は、富井さんの器の愛好者をぐんと増やしたように思います。
ホオノキ(朴)を用いた軽やかなプレート。

器を繊細に選ぶ上質なレストランでも、素晴らしい料理を多彩に日々盛られているリム皿。
基本の白漆に、青、赤、黄緑に黒。
黒は昨年からより真っ黒!な展開が始まりました。
薪ストーブから得られた煤を有効に用いて制作された真っ黒の器。
料理を凛!と際立たせます。

こちらは、ご近所に昨年誕生した「浜町 えぐち」さんへ納めさせていただいた漆黒の盤。
1席に大小二盤が設えられて、手技の効いた寿司が盛られていきます。
えぐちさんにもとてもご満足いただきました。

ちなみに盤は、静かなベストセラー作品。
テーブルの上はもちろん、我が家ではソファの上で使っています。
ティーテーブルがなくても、安定した盤のおかげで飲み物などを置いてテレビを見たり。
ほんとうに選んでよかったもののひとつ。

盤はプレートと違って厚みがあるので、ステージ感が生まれますね。
上は、黒丸厚皿。
厚皿なので一応プレートなのですが、盤のようにも使える新作。
直径27㎝から15㎝までサイズも豊富で、黒と白漆。

ちなみに、SやEのようなサインは、富井さんが今年から始められたオリジナルの文字「トレメラ」から。
「トレメラ」について説明を始めると、かなり長くなってしまいますので!ここでは端折らせていただきますが、
富井さんが制作した年齢を記しているとのこと。
8月生まれの富井さんの48歳の作と49歳の作。

このオヴジェはその「トレメラ」を、夫人の深雪さんが石に漆で描いたもの。

深雪さんの漆絵の盤やプレートも多種あります。
錨草、羊歯、蔦、野葡萄など身近な植物や、雪の結晶、クモの巣など、暮らしの中で出会った文様が描かれて。

多彩なプレート、盤は、この後オンラインストア「ソラノノオト」で詳しくご覧いただきます。

「好きこそものの上手なれ」
酒好きの作家が作る酒器は、実にお酒がおいしくいただけます。
富井貴志さんはまさに。

このボウルはここ2、3年ほど前から制作されているもの。
縁あって富井さんの手元に巡ってきた「樹木」を用いて作られた作品群。
今回は、杉やソメイヨシノで作られています。

完全に乾燥させる前に旋盤で挽いて、その後乾燥させて自然なゆがみが生まれた器。
全体像はしっかりと描きながら、素材のアドリブを楽しむようなゆとりが感じられます。
盛る器として、あるいは小ぶりなものは贅沢なお丼にしても。

そして、中期からの代表作のひとつ。
「We Are Atoms」
私たちは原子、という物理学からつながった工藝への富井さんの仕事。
彫り綴られた原子の文様が、工藝の文様として美しく成立している見事さ。
この彫り文様、見るたびに細かくなっているのも驚きです。

富井さんご自身が綴られた「We Are Atoms」の文章もこのHP上にあります。
ぜひお読みください。
→ click

作家ものの器を使うということ。
この仕事を始めて39年が経って幾つかの考えが育ちましたが、富井さんのお仕事にはその答えの一つを感じています。
骨とう品ではなく、今を生きている人が作る器を使う喜び。
作り手が元来持っているもの、育んできたもの、進化成長している日々からうまれるかたち。

複雑にして明解
明解にして複雑

深い想いや考察の先にある迷いのない美しい器。
2025年の富井貴志さんの器との出会いをぜひお楽しみください。

オンラインストア「ソラノノオト」でのご紹介は11月15日土曜日正午からとなります。