まずは Eames Office がYouTubeで公開している『Powers of Ten』をご覧ください。
有名な映画なのでご覧になられたことがある方も多いかと思います。
これは1977年に発表されたカラー版で、原型は1968年にモノクロの Rough Sketch が発表されています。
同タイトルの書籍もあり、私も所有しているものをたまに眺めて楽しんでいます。
私が持っているのは、Philip and Phylis Morrison and The Office of Charles and Ray Eames, POWERS OF TEN About the Relative Size of Things in the Universe, (San Francisco: W. H. Freeman & Co, 1982)ですが、日本語版も日本経済新聞出版が販売していましたので興味がある方は探してみてください。
映画ではシカゴの公園で寛ぐ二人の映像から段々と大きな世界へと視野が広がっていき、一辺10の25乗メートルの宇宙に到達。
続いて一辺が10のマイナス16乗メートルの極小世界まで拡大されていきます。
大きな世界(宇宙)は望遠鏡で、小さな世界は顕微鏡で見ることになりますが、光の波長よりも小さな世界は光で「見る」ことができません。
「見えないもの」を「見る」ために様々な技術が開発されてきましたが、1982年にIBM研究所の G. Binnig と H. Rohrer が Scanning Tunneling Microscope(STM : 走査型トンネル顕微鏡)を発明します- G. Binning et al., Phys. Rev. Lett., 49, 57 (1982)。
このことで私たちは実空間(ここでは私たちが見ている空間と思ってもらえれば良いです)で原子1個1個を「見る」ことができるようになり、物質表面の理解が進みました。
ちなみに Binnig と Rohrer は1986年のノーベル物理学賞を受賞しています。
発明から4年という早さに驚くとともに、ネット検索してみたら American Physical Society のサイトで論文を無料で読むことができてさらにびっくりしました。
さて、私が学生だった頃、研究室でもSTMを使っていたので、自分でも表面を計測していましたし、様々な論文を読みあさっていました。
STMでどのようなデータが得られるかというのは、Googleで
「scanning tunneling microscope images of atoms」
と画像検索していただけると色々とご覧いただけますし、私が毎年西麻布の桃居で開催させていただいている個展では、筑波大学の山田洋一准教授にSTMのデータを提供していただき、額装して展示しています。
冒頭の『POWERS OF TEN』をご覧になられた方は大きな世界も小さな世界も不思議でとても美しいこと(そしてどことなく似ていること)に気づかれたでしょうし、「scanning tunneling microscope images of atoms」と画像検索した方は極小世界の魅力を感じることができたのではないでしょうか。
私も学生だった頃、物質表面の「見た目」の美しさや自分たちが暮らしている世界のスケールにも類似性が見られることに魅了されてしまい、「なるほど、地球上のものは全て原子でできているのだから、小さなものも大きなものもある程度似てくるものだな」と感動しました。
ただし予定外だったのは「見た目」に虜にされてしまったがために、研究ではより大切な部分が疎かになり、研究の道から木工の道へと進路変更した点でしょうか。
しばらくしてから気づいたことですが、研究は倒れるまでできなかったのに対して、木工は倒れる寸前まで打ち込めます。
予定外とはいえ、私にとってはぴったりの選択だったのだなと思います。
2002年に岐阜県高山市(当時は清見村)にある森林たくみ塾で木工を学び始めました。
はじめからいつかは自分の仕事をしたいと思っていましたし、いつかは学生の頃に見ていた物質表面の原子たちが作り出すような美しさを作品に表現することができたらと願っていました。
色々と試行錯誤してみた結果、2013年に初めてそれらしきもの、薄くて小さな四角い皿に丸刀で線を彫ったもの、が出来上がりました。
彫刻刀で真っ直ぐに線を彫り、あるところで直角に曲がり、また真っ直ぐ進み、またあるところで直角に曲がる。
あらかじめデザインするのではなく、このような単純作業を繰り返していくだけで、どことなく原子が作り出す世界に似たものが目の前に現れました。
こんな単純なことに気づかなかった自分に少し落胆するとともに、ようやく目標にしていた世界の入り口を見つけられたようで心躍りました。
その時からはや8年、使う彫刻刀は変わり、線はより細かく複雑さを帯びてきました。
2年前には彫模様を施してあるものに「We Are Atoms」という名前を与えました。
文字通り「私たちは原子」ということです。
私たちが住んでいる地球はとても信じることができないほど多様な物質、生物で構成されています。
しかし、この多様性、複雑さは周期表に載っている全元素よりも少ない種類の元素の原子がいろいろなやり方で集合することで担保されています。
複雑だけれど単純。
多様だけれど皆原子の集まり。
ヒトの遺伝子の50パーセントはバナナと同じ。
皆違うようでいてほとんど変わらないのですね。
私は少しでもよいもの、他と違うものを作りたいと思って細かい部分に気を配りながらものを作っています。
時にはたった鉋ひと削りが、出来上がる2つのものの間に大きな違いを生み出すことを私たちは皆知っています。
同時にこれら2つはほとんど同じものであることも知っています。
私と他人は中身も違うし見た目も違う。
でも生物としてみるとほとんど同じ。
お互いに偏見や差別などバカバカしいことがよく分かってきます。
時には少しの違いにこだわりながら、一方で違いなどほどんどないのだと言い聞かせながら、日々「We Are Atoms」を意識し作っています。
4月16日から18日までは自由学園明日館 婦人之友社展示室で、4月20日から25日まではヒナタノオトにて個展を開催させていただきます。
「We Are Atoms」シリーズはもちろん、日々使いやすい器もぜひご覧ください。
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編者追記
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富井貴志 -木の器展- at 自由学園明日館 婦人之友社展示室
4/16(金)〜4/18(日)
12:00~17:00
初日12時から15時30分まではご予約制となっています。
(それ以降はご予約不要です)
12日月曜日正午から受付開始ですので、ご予約をお願いいたします。
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富井貴志 -木の器展- at ヒナタノオト
4/20(火)〜4/25(日)
13:00~17:00 | 会期中木曜・金曜休み
現在、婦人之友社のサイトで、展覧会前のご紹介記事もアップされています。
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