昨年4月に「自由学園明日館 婦人之友社展示室」での個展の直前に、We Are Atoms と名付けた彫刻刀で彫模様を施した仕事について、こちらで書かせていただきました。
当時のほとんどの仕事は私が研究室にいた頃に経験したような、単一の物質で構成された表面の原子配列にどことなく似たような世界を彫刻刀で構築することを目指していました。
2点だけ、石垣から着想を得て三角刀で区画分けして、それぞれの区画内を一種類の彫刻刀と2つの彫りの進行方向で構成するという作品を出品しました。
当時はその仕事の意味についてあまり考えることもなく、単純に区画ひとつひとつを「細胞」のようなものとして捉えて、色々な種類の「細胞」が集まることで「生物的な複雑なもの」ができあがればいいなという気持ちで制作しました。
複雑化というのはこの We Are Atoms シリーズを発展させていく上で大きなテーマでしたので、そのスタートラインに立つことができたわけです。
私自身としては大きな進展への第一歩だと思っていたのですが、その後なかなかこの種の仕事に取り組むことができず、あっという間に10ヶ月ほどの時が経過してしまいました。
毎年年末くらいになると春の国展へ向けた制作でそわそわするのですが、2022年の国展には上記の仕事を更に発展させたものに取り組もうと思いました。
とにかく箱が作りたい。
そして箱の内側にも彫模様を施し、表面全てを彫り尽くしたい。
外側は再度石垣のヴィジュアルと細胞の集まりのような構成をイメージして、内側は単一物質でできた表面のように彫ろうと思いました。
内側を彫るために珍しく指物仕事。
とんでもなく時間がかかりましたが、茶箱として使えるような大きさの箱の木地が出来上がりました。
少しですがまた一歩、We Are Atoms の仕事が前進したようで心躍りました。
さて、この箱をどう仕上げるかということですが、黒に近い茶色の拭漆で仕上げることにしました。
拭漆は生漆を塗って拭き取ることを繰り返すだけなので、とても簡単な作業だと思われがちですが、色や塗膜の厚さ、目止めの具合や艶感の調整によってさまざまな表情を作り出すことができます。
その微妙な仕上がりの差異が作品の美しさ、これはもちろん見る人によってそれぞれ基準が異なるのですが、を左右します。
今回の作品において木地の仕事はある種きわめて工藝的なので、漆は少し気持ちを楽にして、おおらかに仕上がるよう心がけ、工程を進めていきました。
漆を塗り、拭き取ることを繰り返すと、すっぴんだった箱の木地は徐々に思い描いていたような表情に近づいていきました。
ある時点で立ち止まって、蓋を身に被せて、箱としての状態を眺めていた時のことでした。
「これって国境線のようだな。」
石垣や細胞をイメージして彫り込んだ区分けの線が、地図上で国境を分ける線のように見えてきました。
すると一つの区分けは一つの国に相当し、それぞれの区分け内の彫模様は、その国の文化や民族性を象徴しているように思えてきます。
それぞれの国の違いなんて、ここに彫ってある模様のようなもの。
彫刻刀の幅や彫ってある方向が少し違うくらいのものじゃないか。
そんなふうに思ったのです。
そして箱の内側は一種類の彫刻刀で彫ってある、もっと単純な世界。これはヒトがまだ東アフリカだけに存在した頃や、世界国家のようなものを連想させました。
さて、僕らは箱の外側のような世界を求めるのか、内側のような世界を欲するのか。
僕はやはりより多様な外側の世界に魅力を感じますし、その多様さが作り出す絶妙で奇跡的なバランスを大切にしたいなと思ったのでした。
一つの仕事が思いがけない示唆を与えてくれて、とても新鮮な経験でした。
こういったことを大切にして毎日制作に励みたい。
遅々として進まないものの、自分で手を動かすことの尊さを改めて感じることができました。
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具体的な模様の話とは別に We Are Atoms の仕事でやりたことがありました。
それは、私ひとりで彫るのではなく、大勢の人たちで彫った、より多様性を帯びた何かを個展で展示することです。
これこそまさに 「We Are Atoms」 なのではないでしょうか。
当初考えていたことは、10cm角程度の四角い板を多くの人にワークショップで彫ってもらい、その板を壁面として構成し展示することでした。
こういう少し変わった仕事をしたいと思ったときに、展示場所としてすぐに思い浮かんだのが新潟市のエフスタイルでした。
一度お話だけして、簡単な企画書をお送りすると、まずは彼女たちが体験したいので0回目のワークショップをやりましょうというお返事をいただきました。
その0回目の結果、とても素晴らしいご提案をいただき、はじめに私が考えていたものとは全く次元の違う作品が出来上がりそうです。
これについては後日改めて発表の予定です。
数年先の展示になりそうですが、ご期待ください。
繰り返される予定のワークショップにもぜひご参加いただければと思います。
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もうひとつ、この仕事のとても特徴的なことが、「場所を選ばない」ということでした。
かたちはほぼ完成した状態から彫り仕事は始まります。
彫るだけなら、彫刻刀と木地さえあればどこでもできるのです。
最初は近所の公園でやろうかなと思っていたのですが、田舎者の私としては都会でやったほうが面白い。
6月の終わりに都内の某公園でホリホリしてきました。
工房にこもってやるのとは全くの別世界。
暑い日でしたが、人の手が入った開放感に溢れる木々の下、とても気持ちよく仕事をすることができました。
音も木屑もほとんど出ない。
道具はほとんど必要ない。
だけれど時間はかかる。
こんなに工房外の素敵なロケーションでやるのにちょうど良い仕事はなかなかないです。
これからも色々な場所でやりたいですし、ゲリラ的にみんなでホリホリワークショップもやりたいなと想像は膨らみます。
そのうち職務質問されそうですけれど(笑)
彫模様の仕事を始めて来年で10年です。
当初は訳のわからないことを始めたなと思われていましたし、今でもほとんどの方がそのように感じているのではないでしょうか。
だけれど、しつこく取り組み続けることで間違いなくこの仕事は発展し、自分でも思いがけない方向へと進化しています。
ライフワークとして彫り続ける価値ある仕事だと信じています。
ぜひ今後とも温かい眼差しでこの We Are Atoms をご覧いただけましたら。