Velkommen til Danmark

夜のはじめ、今日が闇へと傾く前の、刻々と変わる美しい空。
振り向くと、夕空色の目の中のにも映る鱗雲。
ろうそくに灯りをともす。

ー空も地もつながっているー

そして羊原の虹の橋わたる。

9月上旬のデンマークTversted。
気温は例年よりも少し高めだったようだけれど、夏の日差しと秋の風が感じられる陽気は薄着には心地よく。
朝は6時前には日が昇りはじめ、夜は20時過ぎまで明るい。

ニット作家マリアンネ・イサガー夫妻が運営するTversted Skoleは、
デンマークの北ユトランド半島のAalborgh空港から北へ車で小一時間ほど。
周囲には牧草地や農地がなだらかなカーブを描き、空との境界線に吸い込まれそうなほどに広がっている。
一方で、てくてく歩いて行ける距離で海まで出られる。
車で移動をしていると、ぽつりぽつりと素朴な白壁の農家やセンスの良い家々が点在する。
一軒一軒の、雰囲気のいい窓にはやはりカーテンはなく、通りに向かって花器や蝋燭立てなどが素敵に置かれている。
窓から室内へ射し込む光はさながらVilhelm Hammershøiの描く絵画のよう。

ヒナタノオトのポストカードやDM、ブログなどでいつも目にしていた美しい写真の中のお家のシーン。
記憶されていらっしゃる方も多いことと思います。
光や風、匂いといった体温に近い表情を宿し現れました。

Tverstedで出会ったデンマークの方々は、なだらかな地形をなぞるように穏やで心温かく、凛としていてセンスが光る、人々。
「Hej!」(ハイ)と、さっぱりと小気味良い挨拶と、瞳に優しさを浮かべた笑顔を向けてくれる人々。

ここでは、暮らしの中でごく自然に、美しいものが親しみをもって語りかけてくる。
美しいものと暮らしの境界はつながっていて、水源から海へと流れる一筋の川のように感じられた。
傍のすこやかな毛糸と美しいニットのように。

長野麻紀子さん

吉田史さん

川西しほさん

富井貴志さん

小嶋紘平さん・祐希さん

クロヌマタカトシさん

本間あずささん

勢司恵美さん

平井岳さん・綾子さん

豊田陽子さん

松下純子さん

デンマークのお客様が、日本の作り手が丹精して生み出した作品を、
目を輝かせ心躍らせて、朗らかに迎えてくださっている姿が、展示会場のあちらこちらでみられる。
作り手と使い手、互いの美しいや素敵などの感性や感覚が、つながり、重なり、心通わせている。
ワークショップに一体感が生まれている。
目の前の光景が色濃く鮮やかになってゆく。
会場が幸福な時間で満たされてゆく。

Tverstedに到着した次の日の朝。
Tversted Skoleの羊原に淡い虹の橋が現れたのを見て、
ようこそ!と言われている気がしたことを思い出した。


夕闇色の目の中に映る朧げな鱗雲の輪郭をぼんやり眺めている。
傍には薬缶に湯が沸いている。
現れてはこの世界の酸素となりゆく水の粒。
ろうそくの灯りはだんだんと輪郭をおびていった。

移動日を含めて7日間のデンマークの旅。
5年ぶり三回目となるTversted Skoleで開催される展覧会。
稲垣のもと、灯火を手に集う素晴らしいものづくりの方々がともに過ごした、日々は濃密なものとなりました。

稲垣以外は「初めまして」も多かった作家同士の旅。
この旅へのおおきな期待と、ちょっぴりの不安にどこか緊張されていらっしゃる方も。
Aalborgh空港の夜の淵、旅のはじまりに心沸き立つよう。

思い返せば、稲垣はこのツアーのために、さまざまな想定の上、
いつ起こるかわからない不足の事態に備えて、多方向へ幾重にも準備をしていました。
些細な違和や不安を感じとったときには、冷静に、よき方向へむかうようにと判断に務めて、ツアーの先頭で歩をすすめていて。
それはこのツアーを実りあるものとなるよう、ささやかなことにも五感を使い、
心尽くすことの積み重ねによって叶うようにしていたのだと思います。
6月には現地まで展示会場の下見のために渡航するなど、
展覧会出展作家へ寄せるリスペクトや惜しみない想いと行動力には、はっとさせられました。

一人ひとりの作家のこの先の歩みにとって豊かな経験となるように。
豊かな経験とはどのようなものなのか。
ツアー全体の体験をとおして自分の目で見て感じて欲しいと願っていたのだと思います。
今回参加された作家の皆様、それを受け取ってくださったように感じました。

この旅から持ち帰った豊かな経験は、それぞれの制作の輪の広がりを豊かなものとして、
その先の栄養となり、未来へつながってゆく。
すべては、稲垣と信頼関係で結ばれた個々に異なる美しい色をもつ作家への想いが種となっていました。
その種が根や枝葉を伸ばし、デンマークツアーというかたちにあらわれているのではないかと思います。

もう一つ、
稲垣が人生で度々訪ねるほどに大切な場所であるデンマーク。
今回、はるばる遠くまで同行させてもらい、ほんとうに得難い経験でした。

マリアンネさんとネルスさんという、稲垣がデンマークで出逢ったかけがえのない方々の中のお二人。
3人が微笑み合う優しい眼差しや、短い言葉でも伝わるくらいに寄せられた信頼は、心からの尊敬や親愛で結ばれていること。
そのような関係を築いてきたことで、仕事を越えてそれぞれの生き方を響かせ、その音色に共鳴した人々が集ったのが、今回の展覧会でした。
それは、第一回、第二回と同じ場所で回を重ねて育んできたこと、各回に出展いただいた作家方々が丁寧に心を尽くして、活動を豊かに紡ぎ、つなげてくださったことも大きなことだったと思います。
イサガー夫妻と稲垣が、それぞれがデンマークと日本でつづけてきた理念や仕組みなどの活動の輪。
確かに交わり、人が人を呼ぶ輪となり、よき循環がもたらしてくれたTversted Skoleに宿る宝物のような時間でした。

最終日には地元のアーティストのご自宅や工房を拝見する交流の時間もご用意いただきました。
家族や大切な人と過ごすプライベートな空間であり、
作品が生まれるいわば聖域のような空間に招き入れてくださいました。

最終の夜には、お忙しい中、素晴らしいご自宅へ夕食会の場を整えてくださったイサガー夫妻。
おふたりへのお礼にと、作家の皆様には稲垣からの声かけにご賛同いただき、
それはそれは素晴らしく、物語のある作品が集まり、感謝の想いを添えて贈り物としてお渡ししました。
それは想像を遥かに超えるような贈り物でした。
イサガー夫妻が一つ一つの包みを開けるとき、愛おしいわが子に触れるような姿や、弾けて弾むように全身で喜びを表してくださる姿が印象的でしたね。
喜んでもらいたいと願うものづくりの原点のようにも思われました。

帰りのオールボー空港。
作家同士のつながりも深まったこと、多くの得難い経験や感動で満ち満ちた充実の表情、キラキラと眩しかったです。

あぁ良かったなと心からおもいました。

最後に、
作品制作にくわえて映像のご協力もいただくなど、他にもさまざまにご準備をいただき、
渡航前より展覧会を豊かに深く創り上げてくださいました13名の作家の皆様。
個々の充実のお仕事の最中、旅支度を整えてのご出展をいただきありがとうございました。

折々に、方々の今後の作品にふれていただくことは、この旅の先の醍醐味かと思います。
その際は、ぜひデンマークのお話しなど伺ってみてはいかがでしょうか。

ヒナタノオトでは、11月16日〜平井 岳さん・綾子さんの漆の器展を。

11月30日〜年内最終営業日までは、
『デンマークの時間 Tversted Skoleツアーゆかり展』を開催いたします。
過去三回のツアーに参加された作家の方々も会期中お越しくださる予定です。
ヒナタノオトという空間で、デンマークでふくらんだものづくりの輪や想いを、
皆様にもぜひ感じていただけたらと願っています。

スタッフ 中川碧沙