長野麻紀子 夜間飛行 とろんとした黄昏がなみなみと注がれた杯に、菫、青、灰色が入り混じりはじめするすると夜の帳が下ろされてゆくのを、ぽうと眺めていた。最後のレモン花と薔薇の香りを色濃く漂わせる夜の淵に腰掛けて、湯を沸かし、グリーンルイボスの茶を淹れる。ルイボスの... 2024.05.12 長野麻紀子
長野麻紀子 灼熱 楕円の窓を覗きこむと、眼下にはソーダ寒のようなブルーの海がどこまでもひろがっている。真昼の太陽が煌めいて、水面に映る機体の影はちいさな魚になり、すいすい気持ちよさげにどこかへと泳いでいく。カンクーン発ハバナ行きの飛行機は、ディズニーランドの... 2022.07.10 長野麻紀子
長野麻紀子 夏をつける 梅雨明け快晴。家の南に面した掃き出し窓、いちめんを覆いつくすように伸びた蔓性植物のカーテンがときおりの風にはためいて、白い部屋のなかまでも、淡い黄緑いろにぼんやりと染める。東京はあいかわらずの緊急事態宣言下で、出掛けてはいけないわけではない... 2021.07.22 長野麻紀子
長野麻紀子 ひかりのはるに インドの南方に、12年に一度、あたりいちめん青い花で埋め尽くされる山があるという。いちめんの花を追い求めて、ナミビアから南下して南アフリカの首都ケープタウンへと向かう途中に悠然と横たわる秘境ナマクアランドまで行って帰った直後だったろうか、そ... 2021.02.16 長野麻紀子
長野麻紀子 ふしぎないきもの 林檎のかおりの衣をまとい、こっくりとろんと琥珀をとかしたような秋がやってきた。うだるような暑さを抜け出したのはつい先日のことだというのに、生い茂る空き地の草穂のうえに蜻蛉が羽ばたき、トカゲは陽だまりにちいさくあくびをする。全身で伸びをする。... 2020.09.24 長野麻紀子
長野麻紀子 Measurement Tool わたしの好物はカツ丼である、というとちょっと語弊がある気もするのだけれど、今のいま、いっとう好きではないにしろ、かつて熱烈に愛した時期があった。レスタースクエア駅の地下の階段を登り切って地上に上がり、チャイナタウンへと向かう路地裏、チャイナ... 2020.07.02 長野麻紀子
長野麻紀子 エルダーフラワーコーディアル 編集者記エルダーフラワーって、ご存知ですか?西洋ニワトコとも呼ばれ、日本でもコーディアルとして少しずつ知られてきました。デンマークでは、初夏のポピュラーな飲み物であり、仕込みのシーズン。イギリスに4年程を暮らしたことのある長野麻紀子さんが、... 2020.05.17 長野麻紀子
長野麻紀子 星空ドロップ ちいさな頃は、さしすせそ、がうまく発音できなかった。ある種の言語障害だったらしい。もともととても無口で、森できのこを探したり、かえるのたまごをぷりぷりつついたり、アリの巣穴をじいっとみつめては、土のしたに無限にひろがるアリの王国の冒険を想像... 2020.02.05 長野麻紀子