地点を変えて

富井 貴志

動くことは面白い

2020.09.17

朝晩ずいぶん涼しくなって、などと書き始めたい時期なのですが、僕が暮らしているあたりは8月の下旬からいよいよ夏真っ盛りといった暑さに見舞われました。
9月も半ばになりましたが日中はまだまだ夏の日差し。
そろそろようやく空気が変わってくるのかなと期待しているこの頃です。

毎年7月初旬に東京で個展があるのですが、例年は在廊から戻るとすぐに登山へ。
その後も暑い盛りには山へ海へ、そして花火へとあちこち出掛けているうちに大して制作が進まないまま夏の暮れ、といったことになってしまいます。
それが今年は花火大会が軒並み中止。
7月初めも天気が悪く、その後も梅雨が明けない。
どこにも出掛ける気にならないため、制作が捗って仕方がない。
こんなに作ることができた夏は初めてのことです。
高い山は8月上旬に遠方の友人に誘われて、近所の妙高山へ息子を連れて行ったくらいで、あとは標高500mくらいまでの近所の低山で遊んでいるくらい。
8月下旬には高知でグループ展があったので、それまではとにかく作ってばかり。
真面目に仕事をしていたおかげで妻の機嫌を損ねることもなく、平和な季節が過ぎていこうとしていましたが、どうも調子が狂ってしまっていたのも事実です。

高知では久々に仲間と一緒でしたので嬉しいやら、食べ物もお酒も美味しいやらで、まあ飲んで食べて飲んで食べてという時間だったのですが、暴飲暴食のつけが回り、足首から下がパンパンに腫れた状態で帰宅。
2日後くらいにようやく回復したのでした。
普段はこんな出張の後はそれまで慎重に、全てのピースが不安定な形の積み木を細心の注意をはらって積み上げるように、築き上げてきた生活のペースが瓦解し、暮らしの大部分がガタガタになってしまうところです。
正直なところ、これまでに何度もそのような経験をして後悔に後悔を重ねてきたのです。
しかし、今回に限ってはなぜか帰宅した翌早朝から全力で制作している自分を発見し(もちろん足はしっかりと腫れています)、驚くことになりました。
食べ過ぎて飲み過ぎることによって、僕自身の中のなんらかのパラメーターが閾値を超えて、まるで変身したかのように。

この不思議な経験以降は、これまで1年半くらいかけて構築しようとしてきたけれど、どうしても出来なかった、僕が求める「毎日の過ごし方の理想形」に近いものがあっさりと現実のものとなりました。
起きている間はほぼずっと作り続けるというのもひとつの理想のあり方ではあるのですが、独立したばかりのころにそれを実際にやってみたところ、ろくなことになりませんでした。
それ以来10年も経ってようやく気づいたのは、僕は1日24時間に自分が今やりたいことを全部突っ込んだような生活がしたいのだ、ということでした。
これは幾分比喩的でして、やりたいことはたくさんあるので、もちろん現実にそんなことが出来るわけはありません。
しかし例えば1ヶ月くらいの単位でみれば、この理想に近づくことは、思い立ったらすぐに行動することによって可能になるように思います。
どういう経路を辿ったのか全く分からないけれど、運よく到達した今の状態を大切に維持していくために、しばらく自分自身に対して丁寧に気を配る必要がありそうです。


工房。
「全集中」で制作。

さて、前置きがとても長くなったのですが、実は今回は海の話をしようと思います。
海に近いところで育ったわけではないので、子供の頃は夏休みの間に1度か2度、家族で海水浴へ行くくらいのもの。
10代半ばになると電車通学の同じ車両に、海の近くに住んでいたり、夏休みに海の家でアルバイトをしていた同年代の高校生たちを見かけるようになり(いかにも海で日焼けしているのですぐに分かる)、それ以来海に対する憧れのようなものを抱いて過ごしてきました。
自分で車を運転するようになってからは夏休みになると頻繁に海へ出掛けるようになりましたが、木工を始めてからは海なし県に住んでいた期間が長いこともあって、ずいぶん足が遠のくようになりました。
新潟に戻ってきてからもたまに出掛ける程度だったのですが、はじめに書いたように今年は8月下旬、つまり高知から帰ってきてから猛暑が始まったのです。
早朝から限りなく集中して制作すると午後3時くらいには、もうこれ以上集中できない、限界に近い状態になります。
帰宅した2日後くらいだったと思うのですが、暑いから海にでも行ってみるかと、ひとりオンボロ車を運転して隣の柏崎市にある番神海水浴場へ出掛けました。

番神海水浴場は昭和初期に「自然水族館」といういけす式の水族館があったところで、今でも「跡地」らしさが残るところなのですが、とにかく魚がたくさんいて、泳げる人ならとても楽しい時間を過ごすことができます。
この日は午後4時くらいから泳ぎ始めたのですが、波は穏やか、水温も高い。
お盆を過ぎるとクラゲが出ると言われていたけれど、近年はどうなのでしょう。
まずはフグやキュウセン、カワハギ やらがたくさん見えます。
ついでにおそらく前の日までに強い波で流されてきたサザエが砂地にたくさん落ちているのがとても気になります。
クラゲは全く見えません。
さらに泳いで、水族館跡地に近づくにつれて、水面近くを泳ぐダツや、海藻をパクパク食べている大きなボラの群れに出会います。
ここまでは大体いつも通り。浅い岩場を這うようにして沖へ向かっていくと、小アジの群れが岩の間を縫って泳いでいます。
さらに進むと崖のようなところにたどり着いたのですが、そこからの光景には目を見張りました。
あたり一面アジ。
他にもイワシの仲間やアオリイカの群れ、タイなど、とにかく夥しい数。
この場所でこんなにたくさんの魚を見たのは初めてでした。

やはり思い立ったらすぐに動いてみるものだな。
動けば必ず何かに出会う、などと思いつつ興奮して帰宅。
海中の動画を家族に見せびらかすと、次の日は息子が行きたいと言い出しました。
翌日は下校時間に小学校で息子をピックアップ。ザ・ビーチ・ボーイズの曲をガンガン鳴らしながら窓全開でまた番神へ。
この日は海水が透明。
またもやアジの大群をはじめとする無数の魚。
ちょっとこれはすごいと2人で帰宅。
その翌日は次女も来るということで、小学校、保育園経由で、同じ海岸へ。
前日までの2日間に比べると少し波はあったものの、更に数が増えたかのように見える似たような光景が展開されていました。
ちなみにその翌々日にまた息子と2人で泳ぎに行きましたが、その日は波が高く水が濁って魚も少なくなっていました。

今年は遠くへ出掛ける機会は減りましたが、近くの山も海も素晴らしい。
それが分かっていたからここに住んでいるわけですが、このような経験をすればするほど、この場所がより愛おしくなってきます。
どんな場所でも注意深く観察してみると、自分が住んでいる近所が一番面白かったりするのかもしれませんね。
そして、皆が動くことを制限された年ですが、やはり動くこと、経験することはとても大切。
画像を見るのと実物を見るのは全く違う。
そんなことを改めて意識させられました。


真正面の岩が見えているあたりに向かいます。


日が沈むまで泳ぐ。


穴が写っていないけれど、スナガニの穴掘り。
スナガニは高速移動するので見ていて面白い。


ここは同じく柏崎市の青梅川海岸。
ここでよく石と流木を拾います。
丸くなった色々な石に出会えます。


柏崎市の牛ヶ首。大規模な層内褶曲という地層が見られます。
ここにも面白い石が落ちている(地層が崩れたものが波に打たれて丸くなったものなど)ので、石拾いスポットです。


Writer

  • 富井 貴志
  • 富井貴志
  • 1976年新潟市生まれ。
    2002年筑波大学大学院数理物質科学研究科中退。森林たくみ塾にて木工を学ぶ。
    2004年オークヴィレッジ株式会社に入社。
    2008年独立し、京都府相楽郡南山城村に工房開設。以後国内外で個展多数。
    2015年長岡市に工房を移転。
    2019年第93回国展にて準会員優作賞受賞。
    https://www.takashitomii.com/

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