竹かんむり小話

稲垣 尚友

笹(ささ)

2020.02.27

笹や竹の皮で包んだオニギリが腐敗しにくいという事実は古代人も知っていた。
昭和30年代までは、ビニール製品が普及していなかったこともあって、肉屋は竹皮で商品を包装していた。
現代の科学知識では簡単に説明できることなのだが、笹や竹皮には殺菌力があるから、それに包まれた品物が腐りにくい。
近年になってからは、繊維の中に竹のエキスを入れる技術が開発され、その繊維で織った布は、梅雨時の湿気にあっても黴がはえにくい。
その他の具体例をいくつか取り上げてみよう。

まず笹だんごであるが、これは天文22年(1553)に武田勢との合戦準備を進めていた上杉謙信の家臣・宇佐美駿河守(するがのかみ)が、もち米とうるち米を半々に混ぜて粉にした上、ヨモギを入れて団子を作り、笹葉に包んで兵糧にしたのが始まりであると言い伝えられている。
しかし、笹団子や笹餅の類いは他所にも多くあることだし、どれが最初であるかはわからない。

川魚漁をする人は、釣り上げた魚を入れる魚籠(びく)の底に笹を敷いておく。
金沢の芝寿司は、寿司の上にチマキ笹の葉を張る。
芝とはチマキ笹の呼称であるが、この笹をクマザサと呼ぶ地方もある。
北海道ではタラコを樽詰めにして輸送するとき、根曲がり竹の葉を上と下に入れて腐敗を防いだ。
今日のように真空パックの技術もないし、冷蔵庫もない時代の知恵である。

実体験が生み出した知恵の深さには関心させられる。
竹だけでなく、木灰も大きな力を発揮した。
発酵学の泰斗である小泉武夫氏の著した書物から得た知識なのだが、日本酒の製造過程で種麹(たねこうじ)を作るときは木灰を入れる。
木灰の中にはカルシウムが大量に含まれている。
コウジカビ(麹黴)はカルシウムが大好物だから、セッセと木灰を摂取する。
同時に、木灰は強いアルカリ性であるから、多くの微生物を死滅させることができる。
そんななかで、コウジカビだけはこの木灰の攻撃に耐えられるのだった。
だから日本酒は腐らない。
今から千年も前からそのことを日本人は知っていた。
ヨーロッパでは19世紀の後半になってから、フランスのルイ・パストゥールが、
「微生物といえども自然発生はしない」ことを発見し、発酵のメカニズムを突きとめたのだが、日本人はその800年前にすでに知っていた。

仙台の笹蒲鉾、越後の笹餅の腐りにくい原理はわかったとしても、大垣の柿羊羹は少し違う竹の活用法である。
竹藪から切りだしたばかりの竹筒を半割りにして、その中に柿羊羹が埋めこまれている。
その効用を説く手がかりとして、中国大陸の唐の玄宗皇帝をもちだすことにする。
玄宗は8世紀前半に帝位に就き、四十余年の長きにわたって君臨した人である。
善政を敷き、名君の誉れ高い皇帝であったが、後半はいささか常軌を逸した動きがみられた。
それというのも、三十四歳年下の妙齢な楊貴妃に首ったけとなり、何としてでも添い遂げたいとの想いが募るばかりの日々であった。
願い昂じて、臣下に不老長寿の薬を全国に求めさせる。
その薬というのが、竹筒の内側にできる竹エキスである。
白色で、細かな粉状になって筒底に溜まる。
全ての竹にできる粉ではない。
竹林から伐り出したばかりの竹にはできない。
百年か二百年前に伐りだした竹が、それも茅屋根の骨組みに使い、囲炉裏やカマドから立ち上がる油煙で煤けた竹の筒底に溜まることがある。
この竹のことを煤竹(すすだけ)と呼んでいる。

わたしはこの粉に二度めぐりあったことがある。
白い粉を指先でなめてみたが、苦くもなければ、甘みもない。
きっと玄宗皇帝も同じ表情で、自分の指先を眺めていたことだろう。
わたしには皇帝ほどのココロザシはなかったが、一瞬、大陸の唐の時代の人になっていた。
先の柿羊羹は粉状のものではないが、竹のエキスを吸い込んでいることには違いない。
ただ、この羊羹を食すことで寿命がエンドレスになる保証はなさそうだ。

百年も吸い続けた油煙は竹の表皮ばなりでなく、内側にまで深く潜り込んでいる。
表皮が光を浴びると、深いところから輝きを発するのだった。
三百年も前に切りだした竹となると、飴色を通りこして、黒色に近い。
目を凝らすと、紫がかっている。
そんなとき、オーストラリアに住んでいる友人が言ったコトバを思い出す。
「赤道近くに住んでいるアボリジニーは、肌の色がいっそう深い」というのだった。
その色は英語でどう表現するのか、「赤」でもないし、「黒」でもない。
友人は付け加えて、「限りなく黒に近い赤銅色の肌は紫がかっている」とも言った。

日本古代の表現では、「ムラサキ」色には黒色を帯びた赤色であった。
その色調を借りて、醤油のことをムラサキとも言うようになった。
もっとも、この命名は明治以降のことであり、さほど長い歴史をもってはいない。
煤竹は、アボリジニーの肌の輝きであり、ムラサキの色合いを帯び、油煙を吸いこんだ燻製の香りがする。


Writer

  • 稲垣 尚友
  • 稲垣尚友
  • この欄を担当することになりました稲垣尚友です。
    房総半島南端の街・鴨川の山中で竹カゴを編んでおります。
    修行をしたのは熊本県の人吉盆地の奥、市房山のふもとに近い錦町です。
     
    カゴ編みを生業とする前は、トカラ諸島の島々のひとつである平島(たいらじま)に住んでおりました。
    全島を覆うようにして、琉球寒山竹が植わっています。
    島ばかりでなく、あちらこちらと巡っているなかで見つけた仕事が竹細工です。
     
    現在は、竹という素材が暮らしのなかではあまり目立ちませんが、
    竹に関する資料は膨大で、竹冠の付いた漢字がポケット判『新字源』(角川書店刊)ですら、160あります。
    さらには、日本人が編み出した国字といわれる文字にもあります。
    よく目につく「笹」もそのひとつです。
    中国大陸で発行されている大字典には千近くあるそうです。
     
    竹冠に関する語のひとつひとつからは、永年にわたる人びとの暮らしぶりが伝わってきます。
    そうした、暮らしのなかでの竹の話を始めようと思います。

  • もっと読む

メルマガ登録